――親鳥より小鳥共。小鳥1から3まで傾聴。〇七五〇時よりDDDナンバー131の行動を開始。手筈は整っているな。……了解。それはそちらのほうで対処しろ。事態が悪ければ増援をこちらから送る。作戦内容は既に伝えた。迅速に状況を開始せよ。我らは悪鬼羅刹の化身となり、三千世界の下におわす天使に守護の灯火を授ける。カーリーの名の下に紫電の咆哮を用いて奴の魂を削ぎ落とせ!


 次の日。散々問い詰められて落ち込んだ気分を、睡眠と朝の柔らかい日差しで元に戻していつもの三人で通学路を辿っていた。
昨日、加宮の話によっておれの身に降りかかる大まかな内容を知ったわけだが、何に警戒すればいいのかわからないので、攻められるまで俺は普段通りに行動することにした。
大体、複数の人から襲われると言われても、こんな人気のある路地でどうやって襲うつもりなんだ? というのが本音だ。あと、常に気を張って疲弊したせいで、いざ急襲されたときに逃げる気力がなかったら本末転倒だし。
「それで隆一、わたしはもうお前が佐緒里の家で暮らしていることを普通に話してもいいのか?」
「あーもう、勝手にしてくれ。でもそこらじゅうに言いふらすなよ。肩身が本当に狭くなる」
「ほほう。あれだけダメだダメだと言い張ってたのにあっさりと妥協するんだな」
「お前が思い切り夕と加宮に暴露するからだろうがっ。もう隠しても無駄だろ」
 数日前までを振り返ってみる。今までそれらの状況をどうにか切り抜けられたのが奇跡に近いのか。……ああ、結構ごり押しで通してきたところ多い気がする。ばれた今となってはそんなこと関係ないけど。人の口に戸は立てられないし、自然の広まっていくんだろうなぁ。気が滅入る。
「あと、面倒くさくなったっていうのもある」
「ようやくその真理に辿りついたのか」
「は? ……まさか分かってて俺の慌てふためいていた姿を見て笑っていたなんてことないよな?」
 そうだったら俺はお前への印象を大きく変えてしまうだろう。
「いやいや、そんなことはないぞ。ただ、秘密ごとはずっと隠しきれないのが私の導きだした真理だ。それに抵抗し続けるよりは、吐いた方が楽になれるんだ。ま、どうせ大したことのない秘め事だしな」
「そんな楽観的でいいのかよ。隠しておいた方が良いこともあるんだぞ?」
「その辺の区別、分別はつけてる……と、思う」
「そこは断言しろよ、オイ」
 まったく、こいつには絶対俺の昔を知られたくないな。
 もしかしたら、こいつが俺に隠し事をしても、あっさりとその内容を告げてしまうのはそういう真理からきてるのかもしれないな。
「隆一」
「なんだよ」
「膝を曲げて」
「どうして」
「しゃがめ」
「わけがわからん」
「嫌なら頭をこっちに下げる」
 話を聞く耳を持とうとしない月奈。軽く腰を前に曲げて、しぶしぶ行動で承諾を示唆する。
「――ほら。どうすんだよ」
 ふと広がるくすぐったい感触。遅れて微熱がじんわりと伝わってくる。妙に小恥ずかしい状況に狼狽しつつも体は硬直する。
 頭のてっぺんあたりを月奈に撫でられていた。
「よしよし」
「な、なにしてんだお前っ」
 事の事態に頭がようやっとついてきて、数秒遅れて頭をバッと上げた。その反動でいきなり手を腕ごと弾くようにどかされたらしい月奈は、ぷくーっとほほを膨らませる。
「むう、どうしてこんなことするんだ。腕が痛むところだったぞ」
「いやいやお前がなんでこんなことするのかが本当にわけわからないっていうか」
 この恥ずかしさで耳が真っ赤になりそうな気持ちをどうにか誤魔化したいから、変な勢いのままで言葉を並べるけど――
 俺は、犬か?
「頑張ってわたしたちのために事を隠そうと努力してくれた感謝の形みたいなものだ」
「そ、そうか」
 俺のしたことを否定するわりには高評価してたのか? というか、あれは確かに二人のためを思ってやったのもあるが、主として俺のためにやったことなんだけど……まあ黙っておくか。
「女の子に頭を撫でられるのは悪くないだろう?」
「――まあ、確かに」
 好きだろう、と聞かれればそこまで好きなわけじゃないと言えたのに。
「変なところで口の上手い……」
 ちなみに、当然と言えば当然だろうけど、俺たちが立ち止ったので、それに合わせて足をとめた佐緒里はこちらを見て不思議そうな顔をしていた。
「なに? なんの話?」
「まあいろいろと」
「よし、順を追ってしっかり教える」
「具体的に何を教えるつもりだ」
「隆一の徒労にしかならなかった行動を中心に教えておこう」
 どうしてそんなことをわざわざ教えるっていうかせめてフォローしろって!
 そんな反論の一つでもぶつけたかったが、その前に月奈は前を向いて佐緒里との会話に夢中になっていた。なんだか酷い無気力感が体中をさいなみ、気付けば歩幅はせまくなり二人との間隔が広くなっていき、
 パシュ。
 小さな何かが素早く顔のすぐ前を通り抜け、その先で壁のコンクリートに小さな弾痕が残っていた。
「なっ――」
 弾痕!? ということはどこからか狙撃されてるのかっ!
 痕跡は右手に。ということは狙撃は左から。というか狙撃ってなんだ。ここは日本だよな。銃刀法違反だよな。でもそんなことはどうでもいい。身を守れ。
……もしかしてこれが加宮の言ってた襲われるやつか!?
 人がいるんだろうが、ここからでは逆光になっていてよく見えない。月奈や佐緒里は異変に気づいていないし、
 パシュ。
 というかこれ絶対サプレッサー付いてるだろっ! 消音されていないとこういうかんじにならないぞっ!
 二発目も外れる。狙撃の方はあまり上手くないのかもしれない。あと、狙われているのは俺だけらしい。ならあの二人は放ってていいだろう。左の家屋の壁を遮蔽物にしてやりすごす。上ばかりを警戒していたら突然身を大きく後ろに引き寄せられた。誰かが俺の肩を掴んで後ろに引っ張って、踏ん張る足の力がずれてそのまま尻もちをついてしまった。
「いつつ……」
 穏やかでない気配。自分に濃い影が下りていることに気づいて影の主が何かを振り返る。
 コヒュー、コヒュー。
 黒い覆面を被った、俺と同じ制服を着たガタイの良い男たちが数人、こちらのほうを見降ろしていた。その手には金属製のバット。
 ……バット?
 お互いに硬直していたが、先に動いたのは向こうだった。一人がバットを頭の上まで大きく振りかざし、俺に向かって振りおろす。
「――っ!」
 横に転がって避ける。さっきまで俺がいた位置にバットが叩きつけられて鈍い音が強く響いた。堅いものを叩いた反動で手が痺れそうなものだが、そんな素振りは一切見えない。すぐに立ち上がり、前に行こうとして止まる。そこはスナイパーの射程範囲だ。頭を出せば速攻で弾が飛んでくる。いや、下手だから大丈夫か? 一応、さっきと同じように壁伝いになって腰を丸めて走る。既に佐緒里と月奈はいない。どこかで右か左に曲がったんだろう。二人を巻き込んでしまうという懸念は消えた。
 一瞬だけ振り返ると、後ろから3人の男たちが駆けてくるのが見えた。道なりにまっすぐ走る。地理が一切わからないので、適当に道を選ぶしかない。男たちから逃げ切って右に道をそれて、壁に背中を預けて息を整える。思ったより執拗には追ってこなかった。
 ――っていうか怖っ! なんだよあの覆面野郎どもっ! 無言でバット振りかざして襲ってきたらそりゃ怖いわっ! 今思い返してもトラウマものだろっ!
 冷や汗が首筋を伝い、心臓は緊張感に潰されそうになる。背後を取られないように注意しながら常に周囲を警戒。これで大丈夫なはず。
「がっ!」
 瞬間、その背中に鈍い感触。いや、背中というよりは肩だろう。左肩がじんじんと痛む。手のひらで押さえずにはいられないほどの強い痛みだ。
「どう、して」
 背後に視線を回す。石造りの壁の上に一人の男が器用に俺の方へ銃口を向けていた。両手持ちの異様な存在感を放つ空気銃を持っている。すぐに膝を曲げて向こうの標準から外れるようにする。すると覆面の男はすぐに上から飛び降りて、体勢を立ちなおす。その隙に俺は来た方の反対側へと走った。空気銃が球を射出した音がして、球は俺の脇腹を擦りじんわりと痛みを残していく。意識がそれに持っていかれないように努めて、道の角を曲がる。もうここがどこかはわからない。学校がどの方向にあるのかもわからないし、どこを走ってきたのかもわからない。
 それ以前に、なんで俺はこんな危険な目にあってるんだろう。人から暴力の刃先を向けられるような覚えはない。少なくとも転向してきたこの地ではまったくないんだけど。……考えるより逃げるほうが先だな。
 足を止めずに左右をきょろきょろと見回す。一瞬、道路の直線状の先に学校の校舎が見えた。旭碧高校だろうか。校舎の一部は特徴的だから一目でわかるかもしれない。行ってみよう。
 走り出そうとする前に、太陽の光に反射した金属が視界に入った。反射的にそっちに視線が持っていかれる。奥の十字路の二つ目。その左側で覆面の男が黒塗りの銃らしき物を構えてこっちをスコープ越しに見ているのがわかった。もしかしたら違うものかもしれないけど。
 すぐに路地裏に隠れる。多分、あいつがスナイパーだ。最初は頭上から弾丸が降ってきたけれど今は地に足をつけている。高台から降りたんだろう。どうする。このあたりは住宅地になっているから地形は簡単なものになっている。方向さえ間違えなければあっちの校舎へは裏から回っていけるだろう。だが、別の黒い覆面を被った男たちに見つかれば厄介だ。特に空気銃を持っている人に出くわせば逃げるのは難しい。それなら――
「一か八か、正面突破――!」
 自分でも結構無謀だというのは承知してる。でもゴールは目の前に見えているんだ。校舎に入ってしまえば、さすがに人がたくさんいるところで銃を撃ったり暴力を振るったりはできないだろう。あの銃が勘違いであることを祈った。
 勢いよく道に飛び出し、十字路3つ分の先にある校舎に向かって走る。さっきいたスナイパーは一瞬銃口がぶらつき、その後走っている俺に標準をあわせている。トリガーに指をかけて力を入れようとしているのを確認して、次の瞬間に来るであろう痛みに対して心を強く持った。
 しかし銃声は聞こえない。俺はどこも撃たれてはいないし、スナイパーも俺に標準をつけたままだ。不思議に思いつつもチャンスだと認識して、そのまま校舎に近づく。そして校舎の入り口に差し掛かったその時、
「あれ? 隆一じゃん」
 誰かに声をかけられた、気がした。声のしたほうを見る。
「よっ」
 夕がいた。
「どうしたのさこんなところで。まさかここに入ろうとしたわけじゃないいよね?」
「ここ、って、どこ、だよ」
 全力で走り抜けたせいで息が切れてしまう。
「ここ、女子高なんだけど」
「……あ?」
 屹立している校舎を見上げる。前に見た覚えのある校舎ではなかった。
「隆一もしかして、女子高に潜入する変態だったの?」
「いや、そう、いう、わけじゃ、ない、けど」
 くそ、旭碧高校じゃないのかよ。げ、そういえば後ろのスナイパーはっ。
 背後に振り返っても、誰もいない。
「何かに追われてる?」
「あ、ああ。実は――」
 なぜか殴られかけて、なぜか空気銃で撃たれて、そいつらの服装などのいきさつを話した。
「あーやっぱりねー」
「あいつらは昨日加宮が言ってた集団なんだよな?」
「そうだね。多分もう襲ってこないと思うよ。隆一はもうずいぶんと逃げ回ったんでしょ」
「ああ。それがどうかしたのか?」
「じゃあもうそろそろ安全だと思う。まあ詳しくはあとで話そうか。とりあえず学校に行こう」
「あ、ああ……」
 案の定、それから黒い覆面の男たちを見かけることは一切なくて、まるでさっきまでの出来事がうそだったかのように安易に登校できてしまった。
 でも、肩と脇腹に残った痛みは本物だ。うそなはずがない。
 やたら拍子抜けの結末のせいで、行き場のない空虚感が心の中でぐるぐると渦巻いて、それがしばらく消えることはなかった。
 ……本当に、どうして狙われたんだろう。何悪いことしたか?




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3-2 3-3 3-4


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