小美野家の前。束ねられた光が鉄扉に弾かれて、地面へと吸い込まれていく。
「あ、そういえば」
 朝の光に包まれた日なたの上で佐緒里は肩を短く弾ませた。鉄扉の穴に差し込まれた家の鍵が挿しっぱなしになっている。
 すぐに月奈が声をかける。
「どうした? 戸締りでも忘れたのか?」
「ううん。教科書部屋に忘れちゃったの。取りに行っていいかな?」
「うん。今ならまだ間に合う」
「ありがとーっ。ちょっと待っててねっ」
 駆け足で佐緒里は家の中へと入っていき、俺たちは待ちぼうけを食らった。朝特有の清涼感が肌をかすめて、青空に溶けていく。
 昨日音楽室から逃げていった女の子は誰なんだろうか。さして意味があるわけじゃないけど、悪い印象を与えてしまったから、また会ったときには謝りたいな。せめて会うたびに気まずい感じになるのは避けないと俺の気が済まないから。
「隆一」
 昨日の事を想起していると、傍から月奈が考えを吹っ飛ばすように横から話しかけてきた。
「佐緒里、遅いな」
「そうか?」
 腕時計の長針を見る。既に5分は経っていた。確かに遅い。
「本当だ。探し物が見つからないのか?」
 行って戻ってくるだけだからすぐに戻ってくると予想していたのに。
「わからない。佐緒里の様子を見てくる」
「じゃあ、俺も行こう」
「うん、じゃあ頼んだ」
「……矛盾してるんだけど」
 月奈は地に靴が縫い付けられたかのように動こうとしない。そのまま仁王立ちをしたらさぞ似合うことだろう。俺より背が低いくせに。小さな悪態を心のうちで吐きつつ、どうせ意見しても無駄だろうなと諦めを頭の上に浮かべたまま佐緒里の様子を見に行くことにした。
 土間に靴を脱ぎ棄てて、捻った揚げ物のような螺旋状の階段の下と向かう。
「準備できたかー?」
 ちょっとまってーっ! という高い声が反響する。すぐ後に佐緒里が急ぎ足で階段から降りてきた。人を待たせていることを気にしているからか、その瞳から焦りの色が垣間見える。
 なんか危なっかしいなと思った矢先、
「あ――」
 佐緒里は不自然に体勢を崩した。階段の途中でつまづいて俺の方へと、つまりなぜか前方に倒れていった。階段を踏み外したのなら尻もちをつくはずなのに。右手に握られていた佐緒里の鞄が宙を舞い、その驚いた表情が近づいて
「きゃっ!」
「おわっ」
 そのまま覆いかぶさるように倒れ込んでいく佐緒里。俺はその体を受け止めて踏ん張ろうとしたが、堪え切れずに体勢を崩す。地面を叩きつけられた大きな音とともに、背中と頭に軽い打撲の痛みが滲む。
「あいたたた……」
「あう〜」
 飛び上がってわめくほどの痛みじゃない。佐緒里が思い切り俺に体重をかけてしまったことに心身ひやりとさせられたんだけど、杞憂だったみたいだ。彼女らしく咄嗟の事に対応できなかったんだろう。
「おい、大丈夫か――って!」
 目を開いた。
 佐緒里が俺の上にまたがっている。女の子が、あんな近くで、俺に触れ合う形で近くにいる。月奈が相手ではそこまで表出しなかった、女の子に対する免疫のなさがにじみ出てきたのかもしれない。左胸が小さく震えだす。まるで心臓が心の内を表白するかのようだ。出どころのわからない変な焦りと緊張感が頭の中で入り乱れる。
 なんだろうこの感覚は。沈められず耐えることしかできない、この胸の表面から熱が漏れ出すような!
 恐る恐るといったかんじで佐緒里がまつ毛の長い瞳を開く。
「はれ?」
「佐緒里、どいてくれ」
「――あっ! ご、ごめん隆一っ」
 赤面した佐緒里が速い動きでどいて、正座をして縮こまった。
「ああ。別にいいよ」
「本当に? あ、どこも痛くない?」
 俺の上から退き、小さな手の平を伸ばして俺の頭を確かめるように撫でる佐緒里。優しさが頭を伝い胸に沁みて、なんだか照れくささをはらんだ不思議な高揚感のある気持ちになる。
凄いな女の子。触れただけでここまで動揺させられるのか。耐性が全然ついてないのはわかってたけど、まさかここまで狼狽するとは。
「べ、別に大したことない。そっちこそどこも痛くはないか?」
「うん、隆一が受け止めてくれたおかげだよ。ありがとっ」
 純朴な笑み。本当に無事みたいだ。無理している風には見受けられない。
 思わずこっちからも笑顔が零れた。
「それよりもっ」
「どうした?」
 言いにくそうに一度口をもごもごさせて、佐緒里は恐る恐るといった様相で小さくついばむように口を開いた。
「その、あの、わたし、重かった?」
「ぶっ」
「な、なんで笑うのー……っ」
 ま、前にも言ってたな。その時は風にあおられて俺にもたれかかったんだっけか。まあ今回は重いというか痛いだな。体重気にしてるのか?
「いや別に。気にするほどの重さじゃないぞ」
「そうなの? ならいいけど」
「そんなことより行くぞ。月奈が待ってる」
「あ、うん。れっつごー、だよっ」
 気を持ち直した佐緒里が立ちあがって、俺の前を歩いて行った。
 ふと、誰もいない家内に向けて行ってきます、と言うのは多分仏壇に飾られた父と母の遺影に向けてのものなんだと、そんな風に思った。


 見ている。
 見られている。
 何かに追われている時の心情と似て非なるどぎまぎが腹の中にじわじわと溜まっていく。舐めるような、いや、激情をそのままにぶつけた様な強烈な視線が俺に向けられている。それが俺を速足へと駆り立てていく。
 ぴたり、と足を止めて腹の底から溜息を吐いた。
「なあ佐緒里、そんなに俺を見てて楽しいか?」
「え?」
 佐緒里は、一瞬だけきょとんと眼を丸くした。黒くてくりっとした大きな瞳孔。まさかそんなことを聞かれると考えてなかったといったところかだ。
「楽しいからやってるわけじゃないよ?」
「こら隆一」
 目の前に躍り出た月奈が眉と目尻を吊り上げて強い語調で言い放つ。
「佐緒里が隆一の為にやっていることなのに、なんだその言い方はっ」
「いや、理由はわかるけど見られ続けて良い気分にはならないぞ」
「そんなことない」
「お前のその自信はどこから湧いてくるんだよ」
「だって佐緒里だぞ?」
「わけがわからん」
「隆一はもっと自分に正直になった方がいいと思う」
「月奈は真っ直ぐになりすぎだ」
 結局。
 どうして佐緒里が俺の方を凝視して歩いているかというと、昨日俺が登校中に親衛隊の人たちに襲われたことへの対策の為だ。昨日俺に向かって堂々と『隆一のことずっと見る』と宣言したのをそのままに、佐緒里は登校中ずっと俺の事を見続けることで、敵から守ろうと懸命になっている……らしい。
 確かに佐緒里にそうやって心配されているのは嬉しいんだけれど、いかんせん恥ずかしい。もうちょっと他の手を考えられなかったのだろうか。隣を歩いて会話するならまだしも、佐緒里は背後を、俺の歩いた道をなぞるようにして付いてきている。ただでさえ佐緒里と月奈は一目置かれている存在だ。こんな状況を親衛隊が目の当たりにすれば、彼らの敵意のこもった眼光と歯ぎしりの音が容易に想像できるというものだ。多少は疑念の声もノイズのように入っているかもしれないけど。
「隆一、ちょっとでも目を離したらいなくなっちゃうんだもん」
「心配性だなあ。横を歩いてくれよ」
「でも、この前わたしが月奈ちゃんと話していたら隆一はいなくなってたよ?」
「まあな……」
 佐緒里がいたおかげで助かっている状況は何度もあるので、本音を言えばかなり助かっていることもある。その分、反感の芽は着々と育っているわけなのだけれど。しかし佐緒里がいてくれれば普段は安心だ。毎日襲撃されてしまうと、毎日の生活に不安しか感じられなくなる。下手したら、不登校になってしまう。もしかしたら別の集団と徒党を組んでみんなから遠い存在に成り変わるのかもしれない。
 俺もさすがに転校したばかりで右も左も分かっていないただの転校生なんだ。運よくいろんな人に知り合えたから、いきなり他人だらけの教室に放り込まれるよりはマシだけど。
「きゃっ!」
 ぼうっとしていた佐緒里は電柱に頭をぶつけてうずくまっていた。目尻に涙をためながら体を震わせて痛そうにしている。
「痛いよう〜……」
「まったく余所見してるからそんなことになるんだ。ほら、前を見て歩けよ」
「う、うん――って! 違うのっ。わたしが隆一を見てないといけないのっ」
 もはや物語に出てくる過保護な母親のようだ。
「また柱に頭をぶつけるぞ?」
「が、我慢するもんっ」
 ぶつかるのが前提なのか。
「そうか。じゃあ、勝手にしとけ」
「うんっ。えっと、わたしがいたら助かる?」
「……まあな」
「じゃあ隆一のためにわたし、頑張るねっ!」
 ああ、女の子って何考えてるかわかったもんじゃないな……。
意気込んだ佐緒里は俺の後ろへと下がった。次いで俺の隣を歩く月奈へと目を向ける。
「佐緒里がドジしないように見といてくれないか?」
「わたしも佐緒里を凝視するのか?」
「軽く目に入れる程度でいい」
「大きすぎて目に入らないに決まっているだろう。何を言っているんだ隆一は」
「あーもう、そういう意味じゃなくてっ」
 こういう時だけどうして理解力に欠けるかなこいつは!
「言葉のアヤだろう? 冗談に決まっている」
 そして本当に人をもてあそぶ能力に長けていた。反感を買い続ける才能と言ってもいいのかもしれない。
それでいて無駄に可愛い出で立ちをしているもんだから俺らは怒りきれないんだよな。
 他愛のない会話をしていると校門に差し掛かっていたことに気づく。まだ数回しかお目にかかってないから新鮮味は失われていない。一つの方向へと向かう生徒たちで学校は賑わいを集めつつあった。朝の登校時間の間、屋上から生徒を眺望するとどんな風になっているんだろうか。遊園地の観覧車に乗っているような気分なんだろうか。でもあれは高すぎる。真下にいるよりは遠い地平線のほうが見えるだろう。この時間に屋上から見下げたいと素直に思った。
 しかし、妄想はあくまでも現実逃避なのが悲しい。意識を地につけて視点を地面に平行にすると、周囲から俺に向けての刺さるような目線がちらほらと伺えた。この前は俺が勘違いをしただけだと思っていたそれだ。しかし佐緒里が学校でどういう人として認識されているのかを鑑みれば、この視線が誰に向けられてどういうニュアンスが含まれているのかがとてもよく理解できる。この場で俺一人がのんきに学校を歩けば、場は大混乱必至だろう。絵にかいたようなヤンキーの多い高校かここは。進学校だから違うのはわかってるけど、そんな錯覚さえ生まれてしまう。
 以前は俺と目が合うと逸らしていた人々も、今ではそうしない。主に男だけだが、わかっていて俺に敵意を示している。
集団のうちの一人の男がこちらに、威圧的な視線を全力で向けながら駆け寄ってきた。ただならない気迫に一瞬身が強張るが、
「月奈様ぁ!」
 俺に向けて走ってきたのではないとわかると、自然と肩の力が抜けていった。男は月奈の足元で片膝をついている。忠誠でも誓っているのか……って、月奈様? 前にも聞いたような気がする。
「様をつけるなバカ。で、用はなんだ」
 気付けば月奈は手に釘バットを持ち、正面に面を構えて男を睥睨していた。
「はっ! 近頃、佐緒里の周囲に居座っている不埒な男が現れたせいで、兵たちに混乱と疑惑が広がっております!」
 まあ、俺の事だよな。
 月奈はわざとらしく咳を一つ吐く。
「で、わたしにどうしろというんだ」
「できれば――兵たちの信用を取り戻すためにも、月奈様がその男を遠ざけようとしない理由と経緯を教えていただけないかと――」
 ズバンッ!
 釘バットが軽く振りぬくことで生まれる空気を裂く音が心臓を刹那的に鷲掴みする。
「なんで教えなくちゃいけないんだ。お前らの組織なんて知るか」
「話の内容によっては、彼への攻撃を止めます。納得のいくことを言ってほしいのです」
「……隆一っ」
 振り向きざまに俺の名前を呼び、月奈の長い髪が遅れてなびく。
「話してもいいのか?」
 頷く。俺が居合わせているこの場でなら別にいいだろう。下手なことを喋ろうとしたら俺がストップをかけられるわけだし。それに変に嗅ぎ回られるよりはこの方が気分的にまだ良い方だろう。
 そして月奈は話し始める。
 俺が今家を持たない貧乏学生で、一人身では明日を生きぬくだけでも厳しいこと。その状態を見かねた佐緒里のはからいで、一緒に住まわせてもらっているということ。あくまでも俺は居候で、同居であっても同衾ではないということ。さらに月奈は言う。
「こういうことだから、隆一にいらないちょっかい出すな」
 普段は佐緒里のことを擁護してばかりの月奈が俺の事も考えてるのか。ああ、月奈って案外俺のこと心配してくれてるんだな。
「だって佐緒里に余計な負荷がかかる。それに悲しむだろ、佐緒里が」
 ……やっぱりね。そんなもんだと思った。
「で、ですが月奈様、こちらも建前というものがありまして――」
「様を抜いて呼べと言ってるだろ。そっちのことは知らん。自分で考えろ」
「ではこちらから提案させてもらいますが」
 そう言って男は立ち上がり、こちらへと向く。鷹が獲物を鋭く睨みつけるかのような突き刺さる視線だった。
「桜田隆一君、君に頼みごとがあるんだ。これを呑んでもらえたら、僕らは君に襲いかかったり罠を仕掛けたりはしないと誓おう」
「そんなことするつもりだったのかよ。ていうか、もったいぶってないで、さっさと内容言え」
「桜田隆一君が今後一切小美野佐緒里に男女の関わりを求めないという誓約を求めたい」
 少しの思案を挟む。
 条件は俺にとって全く苦にならないものだった。どうせ今の俺に人を好きになる余裕はない。心の底から人を信用できない精神。胸の中に留まり続ける晴れようのない猜疑心。捻じ曲げられた境遇とそれに振り回された人生。誰一人として信用しきれない。俺が小美野家に住まわせてもらうことになった際、その経緯の一切を口にしなかったのがその証明だ。信用できなかったから何も話さなかった。彼らの要求を拒む理由がない。合理的だ。それで日々の安寧は約束される。
 じゃあ言ってしまおう。佐緒里を好きになることはないって。
 しかし、
 その言葉を発する直前、頭のどこかで何かが切れた音が聞こえた。
「嫌だね」
「どうしてだい? 君も佐緒里が好きで好きでたまらないからか」
「一緒にすんなバカ」
 自分とは違う語意を反射的に口走ってしまった。紡ぎたい言葉は咽喉で反転する。その原因を考えたい。天の邪鬼という言葉が脳内に浮かんできた。
 でもその前に、勢いのついた言葉は留まることを知らなかった。
「理由は――」
 自分自身への背信。ここまで逃げてきたんだからもう逃避に走りたくないという信条。男として引いてはいけない状況。多様な理由と言う名の言い訳が浮かぶ。
じゃあその理由をつけて何を、自分を窮地にまで追い立たせて何を守ろうとしたんだ。そしてもうその答えはもう思考の表層に浮上して言葉となって表わせていた。
 奴らの言う事を訊くことで、佐緒里や月奈たちを裏切ってしまうと感じたから。
 憶測の域を出ない理由だった。確かに首を縦に振れば佐緒里と月奈は、俺が安全な身になったことを喜ぶことだろう。でもなぜか彼女らが本当は悲しみを隠してしまうんじゃないかと感じた。口の中の水分が奪われていく。この自分の言動で周りがどういう風に動いていくのかはわかっている。しかし、もはや意志の奔流を変える気は起きなかった。
今のを言葉にするのは野暮だな。
「ただあんたらが気に入らないだけだ」
「僕らは善行で小美野佐緒里の身を護っている。それの何が悪いのさ」
「悪いな」
 ああ、いつも打算的に考えているのに、こういうときだけ感情論に流されるのは俺の悪いところなのかもしれない。厄介事から上手に逃げる術を持たない。たとえ少数派の意見だったとしてもそっちが正しいと思ってしまえば、心の有りようをそのままに少数の方へと付いてしまうことだってあった。
「自分の行動を善行だって自慢げに言ってくる奴ほど視野の狭いものはないだろ。こっちから見たお前らが善行をしている様には見えねえな」
「それは君が思い切り被害を受けたせいで、私達が悪者に見えるからだろう? 被害者面をして僕らを敵視してるだけじゃないのか」
「佐緒里と月奈がお前らのことを好意的に見ているような印象はあんのか?」
「入学して二日程度の奴に何が分かると言うんだ」
「わからないわけないだろ。俺は佐緒里と一つ屋根の下で暮らしてるんだ。あいつが言いたい事を隠してることくらいわかってる。だからお前らには協力しない。そっちが佐緒里のためを思って俺に遠ざけるよう言っているのと同じ理由だ」
男の険しい顔つきが徐々に青ざめたものへと変化していく。俺が佐緒里と一つ屋根の下で暮らしているという事実に改めて頭に冷水を掛けられた気分になったのだろう。間をおいて気を持ち直した男が重い口を開いた。
「数日で音を上げて助けを乞う姿が目に見えてるが、君がそうしたいと言うなら良いだろう。こっちは良心を差し出したつもりだったんだけど、無駄だったようだね」
 じゃあ、と言って男はこちらに背を向けて足早に遠ざかって行った。この隙に背中を蹴飛ばす事が脳裏をよぎったが、自粛することにした。男が離れると同時に月奈がすぐこっちに駆け寄る。
「隆一っ」
「うわっ、なんだなんだいきなり抱きつくなっ」
「よくやったぞ隆一っ」
「そ、そんなに嬉しいのか?」
「ああっ。あいつらの横暴にはわたしたちもうんざりしていたところなんだっ。よくやった隆一っ。さすがわたしの見込んだ男だっ。あいつらの悔しそうな顔見たか? まったく、群れなきゃ度胸を持てないくせに佐緒里に寄ってたかる女々しくて弱い男だ。な、隆一?」
「とりあえず離れて、離れてくれっ」
 ヤバいから飛び跳ねるなっ。シャンプーの香りとか体温が伝わってくる具合とかヤバいからっ。
 あまりのことに頭の中が全て真っ白になる。反射的に月奈の肩に手のひらを置いてお互いに一歩退いた。
「ふふふ。わたしも全力で隆一を守ってやろう。佐緒里の一人相撲で終わらせようかと思ったが、気が変わった」
「なにか企んでそうな顔だな」
「これから何が起こるか楽しみでしかたないぞ。ふっふっふ」
「うわ、悪そうな顔。 ……ってそうだ。月奈って親衛隊に所属してるのか?」
 すぐに口をへの字に曲げた月奈が言う。
「別に。初めからわたしは佐緒里の傍にいたぞ。そしたらいつの間にか、あいつらがわたしを変な役職に割り当ててたんだ。別に隊長と言っても部下がいるわけじゃないのに」
 役職の名前は忘れたけどな、と付け足す月奈。
 とりあえず無関係なんだけど、周りから見たら関係のある間柄のように見られてるから困るってことか。でも愛情の度合いなら親衛隊に負けてないような気がするんだけど……ああ、だから仲間として扱われているのか。、なんだこの自己完結。
「それともう一つだけ訊きたい。親衛隊の規模ってどのくらいなんだ?」
「ファンクラブそのものは校内の男子の大半が入っていると思った方がいいな。でも、親衛隊に所属している奴らはその1割にも満たないはず」
「えーっと、具体的な数で教えてくれ」
「25人くらいだな」
 多いような少ないような……。
 それにしても佐緒里ってなんでこんなに愛されてるんだろう。別に絶世の美少女というわけでもなく、優れた特技を持っているという噂も聞かない。ここら一帯に影響を及ぼす覇権を握っている人、もしくはその縁者というわけでもない。
 確かに佐緒里はかわいい。誰から見ても愛くるしい少女だと言われるだろう。月奈もだけど。でもアイドルと呼ばれる存在とは違った方向性の美しさだと思う。おそらく、その人気には別の何かがあるんだろう。
「じゃ、このへんでばいばいだな」
 と、月奈は投げるように言った。少し淋しそうな感情が表に出ているように見える。
 その反面、佐緒里は混じりけのない純朴な笑顔を浮かべて小さく手を振っていた。
「うん。また後でね〜」
 その言葉に頷くと、月奈は人込みの中へと消えていった。
「月奈のやつ、昨日の泣きは演技だったんだな」
「え、別にそんなわけじゃないよ?」
「でもあいつ昨日とは違って泣かないで行ったじゃないか」
「んー? とっさにいつものことーって言っちゃたけど、月奈ちゃんが泣くのは、泣くのは1ヶ月に1回くらいのことだよ」
「なんだそれ。たまたま始めがそのタイミングだったわけか」
 頷く佐緒里。
「面倒くさがりというか、気分屋というか」
 単純なようで何を考えているのかよくわからないのが、月奈らしいところか。ていうか結局昨日のはマジ泣きだったかどうかの答えにはなってないような……まあいいや。
 歩きながら窓を見上げる。ガラスに光芒が入って自然と消え、また現れる。先に教室へ向かった生徒らが楽しそうに談笑してる姿が窓の向こうに垣間見える。それは俺にとって最も望むべき風景であった。






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4-2 4-3 4-4 4-5 4-6


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